大学教員,科学と教育と音楽について語る

大学教員(気象予報士)でありギター弾きのワタシが,天気に科学に教育に音楽に,日々思う雑感を語ります。

科学的に証明されたとは

 「この成分が~に対して有効であることが科学的に証明されています」というような文言をよく見聞きするかと思います。「科学的に証明された」となると,多くの方はその内容を安心して信用するのではないでしょうか。コロナワクチンに関する議論においても科学的に証明された論文のエビデンスに基づく議論が重要だとよく言われます。しかし,「科学的に証明された」ことは完全に正しいのでしょうか。そもそも我々人間は,この複雑怪奇な世の中の事柄を完全に正しく理解することができるのでしょうか。科学的証明とは真理の解明に対して万能なのでしょうか。

 科学的であるためには論理的,客観的であり,そして再現性のあることが求められます。論理的で客観的であるということは,十人いれば十人が同じように考えて理解し納得するということだと思います。誰がどう考えても「正しい,それしかない」と思われるということですね。再現性があるということは,同じ条件で同じものを使って同じ方法でやれば,いつでも誰でも同じ結論が得られるということ。真理はいつでも誰に対しても一つということでしょう。科学的な論文というのは,論理的かつ客観的であること,そしてその論文に示された方法に従って実験や観測,観察をすれば誰がやっても同じ結果が得られる,これらを十分に満たしたであると言えます。論文の読者が,その論文に示された方法と同じやり方で何度実験をやっても同じ結果を得ることができない,もし読者の方に落ち度がないとすれば,その論文の内容が誤りということになり,再現性がないということで,場合によってはデータの捏造が疑われたりするわけです。そのようなわけで常に学生には,レポートや論文の研究の方法を示す部分において,研究の手順(実験や観測,観察の方法,用いたデータや材料の詳細も含めて)を読者が同じようにやって同じ結果がちゃんと得られるようにしっかり漏れなく記述することをしつこく言っています。

 さて,では論理性と客観性,再現性が十分に確保されていれば,その論文の内容は完全なる真理を述べていると言えるのでしょうか。

 ここで目の前に長方形(正方形でもいいです)があると思ってください。誰の目に見ても明らかに長方形(正方形)です。この図形は間違いなく長方形(正方形)でしかない,と言えるでしょうか。もう一つ,目の前に円があると思ってください。やはり誰の目に見ても円,間違いない。円としか言いようがない。さて,ここで円柱を思い浮かべてください。そしてこの円柱を真横と真上から眺めるとそれぞれどのように見えるでしょうか。真横から見ると長方形(正方形),真上から見れば円に見えるでしょう。つまり,どう見ても長方形(正方形)にしか見えなかったものは実は円柱を真横から見ていたもの,どう見ても円にしか見えなかったものは実は円柱を真上から見ていたもの,どちらも円柱という一つのものを違う角度から見ていたものだったというわけです。このように,ある真理に対して異なる条件や観点から見ればそれぞれ違って見える,全く別のことに見えるということです。実験や観測,観察の方法や手順が正当なものであっても,それらはある条件や観点からなされるものであり,そこから得られる結果は真理の一側面を表しているに過ぎないということです。その一側面自体,論理的で客観的,再現性もあるのですが,それだけで全て正しいとは言えないのです。あらゆる条件と観点から論理的かつ客観的に,再現性を確保するように物事を見ていくことで真理の理解に徐々に近づくことができるわけです。

 多くの科学論文は,ある特定の条件や観点から論理的,客観的に考察され,その特定の条件や観点において再現性が確保されているのであり,その論文の内容だけでもって全てが正しく明らかになったとは言えないのです。真理の一側面を示すことにより真理の解明に一歩近づくことができたという点にその論文の価値はあるわけですが,ある科学論文で示された結果について,その論文の研究はどのような条件や観点で行われたのか,その前提の下で得られた結果や考察であるということを十分認識し,その結果がどの範囲で適用可能なのかを十分理解することが重要です。

 科学的に証明されたとはいっても,それは真理の一側面であり,全て完全に解明されたということではない。健康食品やダイエット方法で「~という成分が有効であることが科学的に証明された」「~という方法が体脂肪の燃焼に有効であることが科学的に証明された」といっても,それぞれある条件で「科学的に」確かめられたことであり,必ずしも誰に対しても当てはまることではない。巷に流れる「科学的に証明された」という類の話についてはこの点を十分にふまえ,様々な視点から情報を入手し,状況に応じて適切に取捨選択しながら取り入れて活用していくことが重要です。これらの情報を適切に取捨選択するためには科学に関する基礎知識が必要不可欠でしょう。この科学の基礎知識として,私は高校の理科の内容レベルでまず十分と思っていますが,このことについてはまた別の機会に詳しく述べてみたいと思います。